技術・配信 · Technology & Delivery

DTC 黒字化の裏で進む『配信原価』の最適化 — AV1 は臨界点、AV2 確定、しかし動機はコスト削減から画質・到達へ

配信各社が DTC の二桁マージンを競う 2026 年。利益の裏側では映像の『配信原価』をどう下げるかが問われている。AV1 は臨界点を超え、後継 AV2 も確定した。だが CDN が安くなった今、コーデック投資の動機はコスト削減から到達・画質・AI 最適化へと移っている。

TL;DR — 3 行で読む
  • 配信の DTC 黒字化(Disney のストリーミング営業益率 10.6%、Paramount 10%)の裏で、映像の『配信原価』をどう下げるかが問われている
  • AV1 は Netflix で約 3 割の配信に使われ認証デバイスの 88% が対応。後継 AV2 も 2025 年末にビットストリームが凍結(仕様 v1.0.0 の確定は 2026 年 5 月)、AV1 比で 2〜3 割の圧縮改善
  • ただし CDN が安くなり帯域削減の妙味は縮小。コーデック 投資の動機は『コスト削減』から『到達・画質・AI エンコード』へ移った

概要

2026 年 5 月の決算ウィークで、配信各社がそろって二桁マージンを示した。Disney はストリーミング営業利益率 10.6%、Paramount は DTC の調整後 EBITDA マージン 10% である。利益の競争に入った配信事業にとって、見えにくいが効いてくるのが映像の『配信原価』だ。これはエンコードと CDN(配信網)のコストを指す。本稿は、その土台にあるビデオコーデック(映像の圧縮方式)の現在地を整理する。

新世代の AV1 はロイヤリティフリーの符号化方式として、大画面・プレミアム視聴で臨界点を超えた。Netflix では配信の約 30% が AV1 で、過去 5 年間に同社認証を受けた大画面デバイスの 88% が AV1 に対応する。後継の AV2 は 2025 年末にビットストリームが凍結し(仕様 v1.0.0 の正式確定は 2026 年 5 月 28 日)、AV1 比で「20% 台後半〜30% 台半ば」の圧縮改善が見込まれる(VVC には及ばない)。

経緯

コーデックの世代交代は一様ではない。H.264 がいまも互換性の基盤、HEVC が高画質配信の実用線として残り、AV1 が新規の主役という多コーデック併存が定着した。NETINT(ネットイント)の 2026 年調査では、回答企業の 40% が同年中に AV1 の導入を計画する。本番導入は現状の 17% だが、年末には合計 57% のリーチに達する見込みだ。ハードウェアによる処理高速化も、GPU 一辺倒から VPU 併用へと多様化している。AI/ML をエンコード工程に使う企業は 60% に上り、うち 70% が 2026 年に用途の拡張を計画する。作品ごとに最適なビットレート階段を生成する「コンテンツ・アウェア」な符号化(中身に応じて圧縮を調整する方式)が伸びている。

HEVC と H.264 をめぐる特許訴訟は概ね決着し、デバイス・コンテンツのライセンスをめぐる不確実性は薄れた。これにより、互換性の基盤(H.264/HEVC)と新世代(AV1)を併用する多コーデック戦略が、リスクを抑えつつ取りやすくなっている。

ただし経済学は 2019 年から変わった。当時は AV1 の 20〜30% の帯域削減が CDN コストを下げ、エンコード費用を回収するという計算が成り立った。しかし CDN 単価そのものが大きく下落した結果、純粋な帯域削減から得られる妙味は縮小している。投資判断は「帯域をいくら削れるか」から「同じ原価で体験をどれだけ上げられるか」へと、評価の軸そのものが動いている。

構造解釈:コスト削減から『到達・画質・AI』へ

ここに逆説がある。配信が利益を競う時代に、コーデック投資の主目的は単純な「帯域コスト削減」ではなくなった。CDN が安くなったぶん、同じ AV1 でも稼げる節約額は小さい。では、なぜ各社は AV1/AV2 や AI エンコードに投資するのか。動機は三つに移っている。第一は到達だ。対応デバイスが増えた今、AV1 を使えば高画質を多数の視聴環境へ届けられる。第二は画質である。同じビットレートでより良く見せられれば、解約抑止と単価維持に効く。第三は AI による作品別最適化だ。一律ではなく、作品ごとに最小のビットレートで最大の体感品質を出す。

つまり『配信原価』の最適化は、「コストを削る」より「同じコストで体験を上げ、利益率を守る」方向へ重心を移した。DTC の二桁マージンは、派手な値上げだけでなく、こうした地味な配信工学の積み上げにも支えられている。

示唆:利益の時代の『見えない競争』

配信が利益を競う局面では、コーデックと AI エンコードという見えにくい配信工学が、マージンの差として表れてくる。コスト削減の物語が薄れたぶん、画質・到達・最適化という価値が前面に出る。

WATCHLIST — 次に追う 3 つ
  1. AV2 の本番投入がいつ始まり、対応デバイスの普及曲線がどう描かれるか
  2. AI エンコード(コンテンツ・アウェア符号化)が、体感品質と原価の両面でどれだけ効くか
  3. CDN 単価の下落が続くなかで、コーデック投資の費用対効果がコスト削減から画質・リテンションの指標へどう評価軸を移すか

— この記事はどうでしたか — Tell the desk

記事に登場するエンティティ
関連記事